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吾輩ブログ 一覧

  • 展示会の会場準備

    漱石山房記念館では、毎年度4回の展示会を実施しています。
    展示会を行うにあたっては、主担当となる学芸員が展示内容を計画し、
    調査・研究を重ねながら準備を進めていきます。
    そのほか、チラシやポスターの制作、資料の借用、搬送手続きなど、やるべきことは多岐にわたります。
    そして最終的には、展示室に資料やパネルを並べ、展示会をスタートさせます。
    展示準備は、まず既に展示されている資料を片付け、パネルなどを剥がし、
    展示ケースをすべて空にするところから始まります。
    壁面に備え付けられた展示ケースは、脚立に上って上部と下部の鍵を解除する必要があり、
    開閉には2人以上が必要です。
    続いて、大きなパネルから順に展示ケースに立て掛けて位置の目安を付けます。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

    配置が決まったら、レーザーの墨出しを使って高さを調整し、釘で固定していきます。
    釘の打ち方にもそれぞれこだわりがあり、パネルの端に対して真っすぐ打つ人もいれば、
    釘が目立たないよう斜めに打つ人もいます。私は後者の方法で打っています。
    展示をご覧になる際は、パネルの釘にもぜひ注目してみてください。
    ただし、最も大切なのはパネルや資料の配置による「見やすさ」です。
    互いに意見を交わしながら、注意深く作業を進めていきます。
    大きな展示ケースには、資料を見やすくするために斜台を入れます。
    文字通り斜めになっている台のため、しゃがんだり立ったりと足腰を使う作業になります。
    そして、最後に照明の調整を行います。展示資料の保護のため、強い光は禁物です。
    特に万年筆のインクなどは光に弱く、色が飛んでしまうため光量の調節が重要です。
    また、パネルが読みやすいよう、来館者の影が展示ケースに極力入らないように考えながら設定します。
    学芸員の仕事といえば、机に向かって黙々と調べごとをしているイメージが強いかもしれませんが、
    実際には体を使う力仕事も少なくありません。
    博物館や文学館などを訪れる際は、展示資料だけでなく、どんなケースや台が使われ、
    どのような展示が行われているのかにもぜひご注目ください。
    各館の学芸員のこだわりが見えてくるはずです。
    (学芸員 嘉山澄)

    テーマ:その他    
  • 特別展「発表120年記念『吾輩ハ猫デアル』」の見どころ

    10月11日より特別展「発表120年記念『吾輩ハ猫デアル』」を開催しています。
    展示の目玉は何と言っても、漱石の直筆原稿「吾輩は猫である」です。



    9章「主人は痘痕面である。…」
    11章「床の間の前に碁盤を中に据ゑて迷亭君と独仙君が対坐して居る。…」
    「吾輩は猫である」の直筆原稿は、全11章のうち、
    9・10・11の3章分が現在その所在が知られています。
    10章は、今年4月の報道で天理大学天理附属天理図書館が入手したことが発表され、
    5~6月と10~11月に天理ギャラリー及び天理参考館で展示されました。
    当館の特別展「発表120年記念『吾輩ハ猫デアル』」では9章と11章の、
    それぞれ冒頭6枚と末尾6枚を、兵庫県芦屋市の虚子記念文学館様よりお借りし、
    会期の前期と後期に分けて展示しています。
     漱石のペン書き原稿は、24行24字詰の松屋製の原稿用紙。
    橋口五葉デザインの漱石オリジナルの漱石山房原稿用紙はまだ存在していません。
    漱石による文字の訂正や挿入、朱字の校正記号も見え、
    発表誌の雑誌『ホトトギス』への入稿原稿であることを示唆しています。
    9章は『ホトトギス』9巻4号(明治39年3月10日発行)、
    11章は『ホトトギス』9巻11号(同年8月1日発行)に掲載されました。
    雑誌の編集に当たっていた高浜虚子が所蔵していたものでしょう。
    自筆資料を底本とする『定本漱石全集』1巻(岩波書店、2016年)は当然この原稿から翻字しています。
    「まるで書生の字」とも評される若々しい漱石のペン字。
    一方、展示では筆で認められた6通の漱石書簡も展示してありますので、
    その違いもじっくり味わって下さい。
    漱石の直筆原稿は、11月10日に展示替えをし、前期に9章を、
    後期(11月11日~12月7日)からは最終章の11章の原稿を展示します。
    「吾輩は死ぬ。死んで此太平を得る。太平は死なゝければ得られぬ。
    南無阿弥陀仏、々々々々々。難有い々々々。」(11章の末尾)
                        (学芸員 今野慶信)

    テーマ:漱石について    
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