| カテゴリ | 展示 |
|---|---|
| 開催日 |
2026年4月1日~2027年3月7日
10:00~17:00
(入館は16:30まで) |
| 会場 | 虚子記念文学館 (〒659-0074 兵庫県芦屋市平田町8-22) |
| 休館日 | 月曜日(祝日の場合開館、翌日火曜日休館) 及び4月30日、5月7日、7月21日、8月8日~14日、9月24日、10月13日、11月4日、11月24日、12月26日~1月4日、1月12日、2月12日、2月24日 |
| 入館料 | 一般 1,000円、18歳以下 600円 |
| 問い合わせ先 | 公益財団法人 虚子記念文学館 TEL:0797-21-1036 FAX:0797-31-1306 |
若い頃の虚子が最も影響を受けた先輩は、7歳年長の子規と漱石でした。
文学に携わる仕事がしたいが、具体的な勉強法がわからない虚子を、子規は常に叱咤激励し、時には怒りを爆発させました。
その様な時、虚子の良さは淡白で呑気な所だと子規を諫めてくれたのが、漱石だったのです。
漱石と虚子はよく気が合い、温泉や句作を共にし、虚子が編集発行人となった俳句雑誌「ホトトギス」に、漱石はきめ細やかな助言を与えています。
子規没後の虚子は、漱石宅を度々訪問し、連句や俳体詩の創作に興じると共に、文章を作る事も勧めました。
その結果「吾輩は猫である」が誕生し、漱石は学生達から「猫さん」と呼ばれていたとか。
この爆発的『猫』人気は、もともと小説家志望であった虚子にも火を付け、虚子も小説へ傾倒していきます。
国民新聞社文芸部長となった虚子と朝日新聞社に入社した漱石は、各々国民文学欄と朝日文芸欄を担当し、小説を書く傍ら、新人作家を発掘し、
文学、美術、演劇等の批評にも言及するといった怒涛の数年を、二人三脚で駆け抜けたのでした。
さらに明治41年元日、漱石は虚子に負けじと謡を披露するも、門下に冷笑されてしまいます。
これに奮起した漱石は、謡の稽古を復活させ、虚子が紹介した下掛宝生流家元の宝生新に出稽古を依頼して、熱心に取り組みました。
そんな勝気で頑固な漱石の、爆笑謡エピソードも御紹介します。
俳句・小説・謡を通じ、時にゆるく、時に緊密に切磋琢磨した漱石と虚子。
共に三人の兄を持つ末子ながら、性格は真逆な二人の心温まる交流に御注目ください。
【主な展示品】
・漱石自筆原稿「吾輩は猫である」11章
・合冊縮刷本『吾輩は猫である』表紙
・漱石短冊「(松山客中虚子に別れて)永き日や欠伸うつして別れ行く 愚陀」
・漱石短冊「半鐘と並んで高き冬木哉 漱石」(鈴鹿野風呂記念館蔵)
・漱石短冊「白菊と黄菊と咲いて日本哉 漱石」(鈴鹿野風呂記念館蔵)
・漱石画短冊「山水図」
詳しくは虚子記念文学館HPをご覧ください。



