涼やかな気候となり秋を迎えつつありますね。
秋はスポーツの秋、読書の秋、芸術の秋など、いろいろな「~の秋」と呼ばれています。
今回は食欲の秋に着目して、漱石とお菓子についてご紹介します。
本記事でご紹介するお菓子が登場する漱石の作品
(右から岩波文庫『吾輩は猫である』
『草枕』『虞美人草』『思い出す事など 他七篇』岩波書店。
当館ミュージアムショップにて販売中)
漱石は医者に止められるほど大の甘党で、作品には随所にお菓子が登場します。
東京朝日新聞の連載終了から今年110年を迎えた「思ひ出す事など」からお菓子の記述を探してみると、
干菓子について触れていました。
漱石はこのころ、胃を悪くし療養生活を送っていました。
病室に生けてあったコスモスを眺めて漱石はこう綴っています。
「桂川(かつらがわ)の岸伝いに行くといくらでも咲いているというコスモスも
時々病室を照らした。コスモスは凡(すべ)ての中(うち)で最も単簡(たんかん)で
かつ長く持った。余はその薄くて規則正しい花片(はなびら)と、空(くう)に浮んだように
超然と取り合わぬ咲き具合とを見て、コスモスは干菓子(ひがし)に似ていると評した。」
(「思ひ出す事など」より)
当時病身だった漱石は、部屋に生けてあったコスモスから
お菓子を連想してしまうほど甘いものを欲していたのでしょう。
そのほかにお菓子の記述を探してみると、
漱石は「草枕」の主人公の口を借りて羊羹(ようかん)の魅力についてたっぷりと語らせています。
「あの肌合(はだあい)が滑(なめ)らかに、緻密(ちみつ)に、
しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。
ことに青味を帯びた煉(ねり)上(あ)げ方は、玉(ぎょく)と蠟石(ろうせき)の雑種の様で、
甚だ見て心持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い煉羊羹は、
青磁のなかから今生れたようにつやつやして、思わず手を出して撫(な)でて見たくなる。
西洋の菓子で、これ程快感を与えるものは一つもない。
クリームの色はちょっと柔かだが、少し重苦しい。
ジェリは、一目(いちもく)宝石の様に見えるが、ぶるぶる顫(ふる)えて、
羊羹程の重みがない。
白砂糖と牛乳で五重の塔を作るに至つては、
言語道断の沙汰(さた)である。」(「草枕」より)
最後にでてくる「白砂糖と牛乳で五重の塔」とは
デコレーションケーキのことです。なんともユーモア溢れる表現です。
「草枕」の主人公は画工という設定上、
優れた観察力があるということを強調するためにあえて事細かに書いた文章かもしれませんが、
それにしても羊羹の色合いの深さや形態を的確に捉えており、
漱石の羊羹に対する思い入れの深さが伝わります。
羊羹は「草枕」以外にも「吾輩は猫である」や「虞美人草」などにも登場するので、
お好きだったのでしょう。
今回ご紹介したお菓子以外にも、漱石作品には多くのお菓子が登場します。
漱石が描くお菓子に着目しながら作品を読んでみるのも一興ではないでしょうか。
※引用文の表記は岩波文庫『思い出す事など 他七篇』(1986年)、
岩波文庫『草枕』(1929年初版、1990年改版)に従いました。