漱石山房記念館の植栽についてご案内してみたいと思います。
「硝子戸の中から外を見渡すと、霜除をした芭蕉だの、
赤い実の結った梅もどきの枝だの、
無遠慮に直立した電信柱だのがすぐ眼に着くが、
その他にこれといって数え立てるほどのものは殆んど視線に入って来ない。」
(岩波文庫『硝子戸の中』1933年初版、1990年改版)
漱石の随筆『硝子戸の中』の冒頭です。
書斎から外を見渡し、
目に入るものとして最初に挙げられているのが、
植物の「芭蕉(バショウ)」です。
漱石山房記念館の再現展示室からも、
実際に硝子戸越しにバショウを見ることができます。
バショウは、色々と興味深い謂れのある植物です。
高さ3~5メートルにまで成長しますが、
木ではなく大型の草であること。
俳人、松尾芭蕉の名前の由来となっていること。
原産地は中国とされながら、英名は「Japanese banana」であること。
その英名は、シーボルトが命名者の一人であり、
日本で発見しヨーロッパに伝えたためにそうなったことなどです。
人の背丈を超える高さや、
数十センチにも及ぶ葉の大きさが南国ムードを漂わせ、
来館された方に「バナナが植えられているのですか」と尋ねられることもあります。
そう思われるのも当然で、
バナナとバショウは、同じバショウ科の植物です。
写真の、小さなラグビーボールのような楕円は苞葉(ほうよう)という、
葉の塊で、その葉の間に花の集まりがあります。
そして苞葉の根元の辺りには、バナナと同じような形の、
小さな緑色の実がたくさん付いているのが分かります。
このように開花します。
バショウの花言葉は「燃える思い」です。
確かに、バショウはその言葉のように強い生命力を持ち、
地下茎を通じて次々に芽を出します。
そのため、もちろん大切に育てていますが、
植栽管理の観点から、
他の植物を守るために広がり過ぎないようにも留意しています。
大正時代の漱石山房の写真には、
立派に育った数本のバショウが写っています。
漱石も、バショウを絶やさないよう、
また増やしすぎないように気を遣っていたのでしょうか。
そんな想像をしながら、植栽の管理に向き合っています。
漱石山房記念館の周囲には、バショウだけでなく、
他にも様々な漱石ゆかりの植物が植わっています。
お越しになった際は、それらの植物も是非ご覧になってください。