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吾輩ブログ 一覧

  • 《通常展》テーマ展示 ああ漱石山房 のみどころ(前編)

    漱石山房記念館2階資料展示室では令和5年4月9日(日)まで、
    《通常展》テーマ展示 ああ漱石山房 を開催しています。

    「ああ漱石山房」という印象的なフレーズは、
    夏目漱石の長女・筆子と結婚した松岡譲(1891-1969)がその晩年、エッセイ等によく使用したものです。
    漱石没後50年を迎えた昭和41(1966)年の『サンケイ新聞』12月8日の夕刊に、
    松岡譲による「ああ、漱石山房」という署名記事が掲載され、
    その翌年5月、朝日新聞社から『ああ漱石山房』というエッセイ集が出版されました。

    右:松岡譲『ああ漱石山房』朝日新聞社
    左:松岡譲「ああ漱石山房 目次」

    「漱石山房」とは、夏目漱石が明治40(1907)年9月から、亡くなるまでの9年間生活した、
    牛込区早稲田南町7(現 新宿区早稲田南町7)の借家にあった、それぞれ10畳の書斎と客間を指します。
    漱石は、明治36(1903)年1月、ロンドン留学から帰国した後、
    漱石山房に住むまで、2度ほど転居しています。
    最初は鏡子夫人の実家の中根家に同居した後、
    同年3月から駒込千駄木町(現文京区向丘2)の通称「猫の家」に住みました。
    森鷗外もかつて住んだ家として知られ、小説「道草」の主人公・健三の家のモデルとされています。
    この「猫の家」は現在、愛知県の博物館明治村に保存移築されています。
    次に、明治39(1906)年12月、駒込西片町(現文京区西片町)に転居しました。
    ここには短期間しか住みませんでしたが、のちに漱石を慕う魯迅が住み、「伍舎」と名付けています。
    「趣味の遺伝」の主人公の家で、「三四郎」の広田先生の引っ越し先のモデルとされています。
    漱石はここまで自らの書斎を「漾虚碧堂」と名付けていたと思われます。
    そして、明治40(1907)年9月29日、夏目漱石は早稲田南町7の借家に賃借人として入居しました。
    「漱石山房」の誕生です。
    差配人は町医者の中山正之祐、家の所有者は歌人で病院長の阿部龍夫でした。
    敷地面積340坪の中央に建つ60坪の平屋建ての和洋折衷建築。
    部屋数は7室で家賃は35円でした。

    漱石山房外観(大正5年12月)

    この住宅について、松岡譲は「ああ漱石山房」の中で
    「この家は、元来、三浦篤次郎というアメリカがえりが、明治三十年頃に建てた家だそうで
    当時の文化住宅とでもいうのであろう、一風変った家であった。
    その後、銀行の支店長が住んでいたのが阿部氏の手に移り」と書いています。
    三浦篤次郎という人物については、今まであまり情報がありませんでしたが、
    昨年お亡くなりになった当館ボランティアの興津維信さんの調査によって、
    福島県須賀川出身の自由民権家で、福島県議になりながら2度ほど渡米し、
    明治29(1896)年には愛国生命の取締役になっていたということがわかりました。
    (後編へつづく)

    テーマ:漱石について    
  • 開館5周年記念《特別展》「夏目漱石と芥川龍之介」を終えて

    開館5周年記念として開催した令和4年度の特別展「夏目漱石と芥川龍之介」が
    11月27日をもって無事に終了しました。
    新型コロナウイルスの蔓延以降、久々に連日多くのお客様にご来館いただきました。
    また、特別展や開館5周年に関係したイベントも数多く開催でき、
    慌ただしい中にも充実した日々が続きました。

    「田端文士村記念館」とのスタンプラリーでは562人の方がコンプリートし、
    記念品の和紙ステッカーをお渡ししました。
    500人以上の方々が、漱石と芥川に縁のある2つの記念館を訪れて、
    関連した展示などを見ていただけたというのは、とても嬉しいことです。
    ちなみに、記念品の“和紙ステッカー”は『吾輩ハ猫デアル』初版本の表紙をデザインしたもので、
    上中下巻3枚揃いセットで現在も当館ミュージアムショップで販売中です。

    今回の展示会は、ご親族の皆様、芥川の関係資料を所蔵する施設や大学など、
    多くの皆様のご協力により実現しました。
    今回の特別展でもご指導をいただいた芥川龍之介研究の第一人者である関口安義都留文科大学名誉教授が
    12月17日に心不全でお亡くなりになりました。
    その数日前には当館にもお越しになり、元気なご様子だったので、突然の訃報に言葉を失いました。
    都留文科大学の研究紀要に連載中だった内村鑑三の評伝は、
    残念ながら未完となってしまいましたが、最後まで研究者としての人生を貫かれました。
    これまで漱石山房記念館に多大なるお力添えをいただいた、
    関口氏にあらためて感謝と哀悼の意を表します。

    11月3日に行われた関口氏の特別展記念講演会「新しい芥川像の創造 芥川研究五十年」は、
    1月下旬から3月末まで動画配信を予定しています。
    関口氏の残した貴重な言葉の数々を、皆様にもお受け取りいただければと思っています。

    テーマ:その他    
  • 「吾輩は○○である」

    夏目漱石による最初の長編小説「吾輩は猫である」は、
    日本文学の作品において恐らく最も有名なタイトルの1つでしょう。
    猫が「吾輩」と自称するタイトルはインパクトがあり、
    現代まで様々なパロディ作品を生んでいます。
    有名なものでは、門下生の内田百閒による
    「吾輩は猫である」の続編「贋作吾輩は猫である」があります。
    その他のパロディ作品も、やはり猫に関するものが多く見られます。
    しかし、「吾輩は○○である」というタイトルは、紹介したい対象になりきって物語を作ることができ、
    また話の大まかな紹介まで一気にできる簡便さもあるためか、
    猫だけでなく多岐にわたり利用されています。

    国立国会図書館で検索してみると、1冊の本の形になっているものだけでも多くありますが、
    中でも目に付くのは、やはり動物系です。
    「吾輩は馬である」
    「吾輩は猿である」
    「吾輩は亀である」
    「吾輩はらんちゅうである」(らんちゅうは金魚の一種)
    「吾輩は蚕である」
    などが見当たりました。猫と対をなす人気のペット、
    犬に至っては「ハスキー」「ドーベルマン」など犬種が指定されているものまであります。
    無生物としては、「ロボット」「教卓」「水」「ロンドン」などがあり、
    「細菌」や「ウイルス」まで「吾輩」を自称しています。
    ちなみに、古くから猫の恰好の獲物とされ、
    対比されることの多い「鼠」については、
    「吾輩ハ鼠デアル : 滑稽写生」というタイトルの作品が明治40(1907)年に発表されています。
    (影法師『吾輩ハ鼠デアル : 滑稽写生』 大学館)
    本家「吾輩は猫である」の第1章に当たる部分が発表されたのが明治38年ですから、
    かなり早い段階で登場しています。本家「猫」の影響力や人気が伺えます。

    これらのパロディタイトルの内容を概観してみると、
    本家同様、様々な「吾輩」に人間社会を観察させ、批評させることに主眼を置くもののほか、
    動物や無生物の「吾輩」に自らの特色、出自、生態や人間社会との関りなどを詳細に語らせる
    「自己紹介もの」も多いことが分かります。
    更に、これらとは一線を画した「吾輩は」の定番に、
    人間である著者当人の現実世界での立場・職業を直截に表したエッセイがあります。
    この場合は「路線バス運転手」など、具体的な職業・立場が明示されています。
    「吾輩は猫である」というタイトルは、猫のような可愛らしい動物や、意思を持たない無生物が
    「吾輩」という大げさな言葉で自称しているところが可笑しみを増しているようにも感じられます。
    そんなところも、「吾輩は○○である」タイトルがいまだに生み出され続けている理由なのかもしれません。

    テーマ:漱石について    
  • マンガで知る漱石

    『漱石山房記念館だより 第3号』で「漱石山房記念館訪問記」を描いていただいた、
    漫画家・香日ゆらさんによる文豪コメディ『JK漱石』の第1巻が12月8日に刊行されました。
    ※『漱石山房記念館だより』のバックナンバーはこちらをクリック

    『JK漱石』は夏目漱石が記憶を持ったまま、100年後の現代日本に生まれ変わり、
    女子高生として生活する……というストーリーのマンガです。

    香日ゆら『JK漱石 1』(KADOKAWA)

    香日ゆらさんは『先生と僕-夏目漱石を囲む人々-』(全4巻/KADOKAWA)や、
    『漱石とはずがたり』(全2巻/KADOKAWA)、
    『夏目漱石解体全書』(河出書房新社)など、
    今までにも漱石に関する書籍を多数刊行されています。
    今回の『JK漱石』はコメディ色の強い作品ではありますが、
    漱石に関するさまざまな知識が豊富に織り込まれていて、
    漱石の生涯についてご存知の方は、ちりばめられたオマージュを楽しめます。
    漱石についてよく知らない方でも、元ネタについて丁寧に解説されていますので、
    マンガを読みながら知識を深めることができるのではないでしょうか。

    この単行本第1巻に収録されている第2話の扉背景には、
    漱石山房記念館の再現展示室を描いてくださいました。
    漱石の書斎の細かい部分まで取材していらっしゃいますので、
    ぜひ実際の再現展示室と見比べてみていただければと思います。

    『JK漱石』をはじめ、香日ゆらさんの著作は、
    漱石山房記念館1階のブックカフェと、地下1階の図書室でお読みいただけます。
    また、漱石山房記念館ミュージアムショップでは香日ゆらさんデザインの
    「漱石作品湯呑」(税込み1,300円)も販売中です。
    ※こちらの商品は通信販売には対応しておりません。

    香日ゆら「漱石作品湯呑」

    香日ゆら「漱石作品湯呑」

     

    テーマ:その他    
  • ボランティアレポート10 朗読会「芥川龍之介作品を読む」を終えて ~「泣きました…」のわけ~

    漱石山房記念館では、ボランティアガイドが漱石の書斎の再現展示室の展示解説を行っています。
    新型コロナウイルス感染拡大防止のため、しばらく休止していましたが、7月から活動を再開しています。
    この吾輩ブログではボランティアガイドによるレポートをお届けしてまいります。

    開館5周年記念「夏目漱石と芥川龍之介」特別展にちなみ、11月12日(土)漱石山房記念館講座室で、
    ふみのしおり(新宿歴史博物館ボランティアガイド朗読の会)による朗読会が開催されました。
    会場はほぼ満席。メンバーが「漱石山房の秋」「鼻」「蜘蛛の糸」を、そして私は「蜜柑」を朗読しました。

    朗読会の風景

    閉会直後のことです。一人の若い女性が近寄って来て「「蜜柑」泣きました」と言われました。
    私はこれまで「良かった」「感動しました」と言われることはありましたが「泣かれた」のは初めて。
    舞い上がるような気持ちになりました。
    少しおぼつかない日本語でしたので「学生さんですか?」と尋ねると
    「先月、中国から来た留学生です」とのこと。
    そして、「芥川龍之介は人気があり、中国語に翻訳された作品を子供のころから読んでいました」
    と話してくださいました。
    芥川龍之介の世界的な人気を改めて知ると同時に、
    この日もこうして文化の交流がなされていたことを実感しました。

    彼女のことを思い出しながら帰りました。
    『蜜柑』は奉公先に向かう少女が、走る汽車の窓から沿線で見送る3人の弟たちに、
    懐から取り出した蜜柑を投げて労に報い、別れを告げる物語です。
    私の朗読した「蜜柑」が、多少なりとも彼女を感動させたのは相違ありません。
    直接、私に伝えて下さったことがその表れでしょう。朗読者冥利に尽きます。
    しかしふと「泣いたのは彼女の体験が「蜜柑」の少女に重なったからではないのか」という、
    もう一つの思いにあたりました。
    ひと月前の中国での旅立ちの日、家を出る玄関で、故郷の駅で、あるいは空港のロビーで、
    彼女もまた家族や友人に向かって手を振ったのではないでしょうか。
    きっと不安も感謝もあったと思います。
    そのシーンがよみがえり、「泣きました……」と言ってくださったのかもしれません。
    母国を離れ、早稲田大学で日本文学を学び始めた彼女。
    これからの日本での生活が、温かくそして心地良い日々であって欲しいと願わずにはいられませんでした。

    (漱石山房ボランティア:岩田理加子)

    <ふみのしおり活動予定>
    ・令和5年2月4日(土)14時~「北新宿図書館朗読会 夢十夜をすべて」 新宿区立北新宿図書館
    ・令和5年2月9日(木)14時~「夏目漱石誕生記念 2月9日朗読会」 新宿区立漱石山房記念館
    ・令和5年3月4日(土)14時~「第11回ひなまつり朗読会 大人を休んで童心にかえりませんか」 同上
    ※イベントの詳細は後日、各施設のWebサイト等でお知らせします。

    テーマ:その他    
  • 漱石の硯

    令和4(2022)年10月16日付日本経済新聞の文化欄に、
    詩人の高橋順子さんによる「漱石の硯」という記事が掲載されました。
    高橋さんの叔母である石津信子さんが、
    夏目漱石の長男・純一氏宅に家政婦として勤めていた際に譲り受けた、
    漱石の遺品の硯についての文章です。
    叔母の信子さんの思い出話とともに硯の来歴が詳しく語られており、
    現在は漱石山房記念館に収蔵されていることも紹介されていました。

    この新聞記事をお読みになった方から、
    漱石山房記念館にお問合せを多くいただいています。
    当館には漱石の書斎の再現展示室があり、
    文房具をはじめとした漱石の身の回りの品が再現されています。
    「再現展示」ですので、書斎内の展示品は全てレプリカで、
    硯もありますが、これは今回の新聞記事で紹介されたものではありません。

    今回の新聞記事で紹介された硯は、
    昭和20(1945)年5月、山の手空襲により漱石山房が焼失した後、
    焼け跡から出土したものの1つです。
    添書の内容から「蓮の花の上に蛙が乗っていた」意匠が施されていたようですが、
    戦災による欠損のため、現在は確認できない状態です。

    漱石の硯の写真

    写真をご覧いただくと、確かに硯の縁に蓮の茎のような部分があり、
    先の方が折れて欠損しているような様子が見られます。
    この欠損した部分に蓮の花と蛙がついていたのでしょうか。

    漱石の硯の写真

    この硯は常設での展示は行っておりませんが、
    令和4(2022)年12月1日(木)~令和5(2023)年4月9日(日)に開催の
    《通常展》テーマ展示 ああ漱石山房 で展示する予定です。
    ご興味を持たれた方はぜひこの機会に、実物をご覧いただければと思います。

    テーマ:漱石について    
  • ミュージアムショップに新商品が仲間入りしました(後編)

    漱石山房記念館のミュージアムショップでは、
    展示図録や夏目漱石にまつわるミュージアムグッズ、漱石作品の書籍などを取り扱っています。

    特に当館のみで販売しているオリジナルグッズは、来館者の皆さまに喜んでいただけるような商品を、
    少しずつ増やしていけるように力を入れて取り組んでいます。
    こちらのブログの前編ではこの秋の新商品『吾輩ハ猫デアル』の絵はがきをご紹介しました。
    後編では同じく『吾輩ハ猫デアル』の表紙をモチーフにした新商品、和紙ステッカーをご紹介します。

    『吾輩ハ猫デアル』の初版本の装丁について、夏目漱石はどのように考えていたのでしょうか?
    明治38(1905)年8月9日に漱石が『吾輩ハ猫デアル』の装丁を手掛けた橋口五葉宛てに送った葉書には
    「御依頼の表紙の義は矢張り玉子色のとりの子紙の厚きものに朱と金にて何か御工夫願度」とあります。
    「御依頼の表紙」とは『吾輩ハ猫デアル』上編の表紙のことで、
    橋口五葉はこの漱石の依頼のとおりに朱色と金色を用いた装丁で表紙を飾りました。

    さらに明治39(1906)年11月11日の橋口五葉宛ての書簡で漱石は中編の表紙について
    「今度の表紙の模様は上巻のより上出来と思ひます。あの左右にある朱字は無難に出来て古い雅味がある」
    と書いています。どうやら上編に比べて中編のデザインの方がより漱石は気に入ったようです。

    この表紙のデザインをステッカーにするにあたって、
    当館ではやはり漱石がこだわった部分を再現できればと考えました。
    そこで「とりのこ紙」をイメージした和紙素材のステッカー用シートに、
    「朱」色と「金」の箔押しで上・中・下編の表紙のモチーフを印刷し、
    それぞれ名刺ほどの大きさのステッカーが出来上がりました。
    3枚セットで200円(税込み)のお手頃価格で好評販売中です。

    さらに、11月27日(日)まで開催している「漱石×芥川スタンプラリー」では
    田端文士村記念館と漱石山房記念館を巡ってスタンプを集めた方全員に、
    この3種類の中からお好きな柄の和紙ステッカー1枚をプレゼントしています。
    無料でご参加いただけるスタンプラリーですので、チャレンジしてみてはいかがでしょうか。

    ※引用文の表記は岩波書店『定本漱石全集 第二十二巻』(2019年)に従いました。

    テーマ:その他    
  • ミュージアムショップに新商品が仲間入りしました(前編)

    漱石山房記念館のミュージアムショップでは、
    展示図録や夏目漱石にまつわるミュージアムグッズ、漱石作品の書籍などを取り扱っています。

    特に当館のみで販売しているオリジナルグッズは、来館者の皆さまに喜んでいただけるような商品を、
    少しずつ増やしていけるように力を入れて取り組んでいます。

    この秋は、こちらのブログでもご紹介した開館5周年記念グッズのほかに、
    『吾輩ハ猫デアル』の初版本装丁をモチーフにした新商品が2種類、仲間入りしました。

    1種類目は『吾輩ハ猫デアル』の絵はがきです。
    夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』の初版本は上、中、下編の3冊に分かれて出版されました。
    この3冊は色違いのカバー(ジャケット)にくるまれており、
    皆さんがメディア等で目にすることが多いのはこのカバーが付いた状態ではないでしょうか?

    『吾輩ハ猫デアル』初版本はこのカバーの下の表紙にも美しいデザインが施されています。
    3冊それぞれに個性的な猫のイラストにタイトルの文字が描かれ、
    箔押しで豪華に仕上げられているこの表紙デザインは、橋口五葉によるものです。

    漱石山房記念館では以前から上編表紙の絵はがきを販売しておりましたが、
    今回、中編と下編の絵はがきが仲間入りして、3冊分の絵はがきが揃いました。
    どちらの柄も1枚100円(税込み)です。
    今後も漱石山房記念館ミュージアムショップでは、
    初版本のデザインが気軽に楽しめる絵はがきを充実させていきたいと思います。
    (後編に続く)

    ※こちらのブログの写真の本は当館図書室に配架している復刻版です。
    絵はがきは当館所蔵の初版本を撮影した写真から作成していますので、
    ヤケやシミなども修正しておりません。あらかじめご了承ください。

    テーマ:お知らせ    
  • 中学生の職場体験学習 ミュージアムショップのポップ作りに挑戦!

    漱石山房記念館では新宿区内の中学校の
    職場体験学習を受け入れています。
    施設全体について学ぶことから始まり、
    3日間の日程で、実際に職員と一緒に受付でのお客様の対応、
    図書室の整理、次回展示会のちらしやポスターの発送作業など、
    様々な業務を体験しました。
    その中で、ミュージアムショップに仲間入りした
    新商品のディスプレイとポップづくりに挑戦しました。
    新商品は、今月売り出したばかりの㈱芸艸堂の和紙メモ箋2種、
    マスキングテープ2種、三つ折りクリアファイル1種の5点です。
    夏目漱石『吾輩ハ猫デアル』の表紙のイラストをデザインした
    和紙メモ箋や、歌川広重の「猫」浮世画譜をデザインにしたマスキングテープなど、
    すべての商品が猫をモチーフとした人気の商品です。

    ディスプレイではお客様が商品のことを一目で分かるよう、
    工夫してガラスケースに陳列してくれました。
    さらに5点の中から自分で選んだグッズにじっくりと向きあい、
    大変目を引く素敵なポップを仕上げてくれました。
    私たち職員一同も、その仕上がりのすばらしさに感心し、
    代わるがわるショップの陳列ケースを眺めに行きました。
    中学生からは「好きなように作ってと言われて最初はとまどいましたが、
    アドバイスをもらい納得のいくものが作れました」
    「普段できないことができて、とても楽しかったです」
    などの感想を聞くことができました。
    皆さまもご来館の際にはぜひ漱石山房記念館ミュージアムショップにお立ち寄りいただき、
    中学生が挑戦してくれた素敵なポップをご覧ください。

    テーマ:お知らせ    
  • テーマ展示「夏目漱石「草枕」の世界へ」のみどころ

    「草枕」に登場する英国作家、ジョージ・メレディス

    「草枕」の中には、詩や小説など、いくつかの英国文学が引用されています。
    そのなかでジョージ・メレディス(1928~1909年)は、
    漱石が影響を受けた作家のひとりです。
    メレディスの作品としては、「ビーチャムの生涯」、
    「シャグパットの毛剃り」が「草枕」中で引用されています。
    展示している『漱石文学瑣談』(大正6〈1917〉年7月15日)にある
    「ジョオジ・メレデイス」は、明治42(1909)年にメレディスが亡くなったことを受け、
    同年5月21日、22日に「国民文学」(『国民新聞』紙上)に掲載された、
    漱石と門下生の野上臼川(豊一郎)とのメレディスに関する対談「メレディスの訃」を
    まとめたものと思われます。

    展示中の『漱石文学瑣談』

    その中で漱石は、メレディスの「シャグパットの毛剃り」を高く評価しており、
    「よくあんなに盛んな想像力が続かれるものだと思ふ」と記しています。
    東北大学附属図書館に所蔵されている漱石の旧蔵書の中にあるメレディスの作品は、
    メレディスの全集(The Works of George Meredith)の他3点確認できます
    (東北大学附属図書館『漱石文庫目録』1971年)。
    また蔵書への書き込みは、『定本漱石全集』第27巻によれば
    10点確認できます。中でも「草枕」第9章に引用されている「ビーチャムの生涯」の末尾部分には、
    「カヽル結末は容易になし。余音(韻)と云ふは此事なり」と記し、
    作品の結末について感嘆する書き込みが記されています。
    漱石は野上臼川との対談でメレディスの作品は
    「大抵皆読んだ。そうして大へんエライと思ってる」としています。
    蔵書への書き込みから推測すると、
    漱石はメレディスの全集を読んだのではないでしょうか。
    現在、メレディスの作品は、代表作として知られる『エゴイスト』の他、
    『リチァード・フェヴェレルの試練 父と息子の物語』、
    「シャグパットの毛剃」(『ゴシック名訳集成2 暴夜幻想譚』)、
    「喜劇論」など数点が翻訳されていますが、多くの作品は翻訳されていません。
    漱石が影響を受けたメレディスの作品がどの様なものであったのか、
    「草枕」に引用されている以外の作品についても興味が尽きません。
    (漱石山房記念館前館長 鈴木靖)

    テーマ:漱石について    
  • 万年筆という選択

    約四半世紀前になりますが、入社時に支給された文房具の中に
    電卓と並んで事務用万年筆がありました。
    当時は殆どの書類を手書きまたはワープロで作成していたからです。
    文書や年賀状もパソコンで手軽に作成できるようになった今では、
    手書きの機会が大幅に減ったという方も多いのではないでしょうか。
    私自身、手書きのものは書き手の存在を
    身近に感じられるような気がしています。
    そのため数年前に「手書きの機会を増やしてみよう」と思い立ち、
    万年筆を購入しようと考えました。
    万年筆を選択した理由は、持ち主の書き癖により書き味が変化するため
    「育てるもの」と言われていることから、
    使えば使うほど書きやすくなって、
    無くてはならない一本になってくれればと期待したからです。
    そこでインターネットで万年筆を調べたところ、
    その種類(需用?)の多さに驚きました。
    デザインだけでなく、素材や文字幅の種類など多岐に渡り、
    最初はどれを選べばいいのか全く見当がつきませんでした。
    同様に驚いたのがインクの種類の多さです。選ぶ楽しみが増えると思う一方で、
    このままでは絞り切れずに幾つも買ってしまうのではないかとの不安を覚えました。
    その不安は的中し、現在は複数の万年筆とインクが手元にあります。

    漱石山房再現展示室より

    漱石は「余と万年筆」(『定本 漱石全集 第十二巻』岩波書店、2017年)の中で
    「余の如く機械的の便利には夫程重きを置く必要のない原稿ばかり書いてゐるものですら、
    又買ひ損なつたか、使ひ損なつたため、万年筆には多少手古擦(てこず)つてゐるものですら、
    愈(いよいよ)万年筆を全廃するとなると此位の不便を感ずる所をもつて見ると、其他の人が
    価の如何(いかん)に拘(かか)はらず、毛筆を棄てペンを棄てゝ此方に向ふのは向ふ必要があるからで
    財力のある貴公子や道楽息子の玩具に都合のいゝ贅沢品だから売れるのではあるまい。」
    と万年筆の実用性を認めています。

    また「酒呑が酒を解する如く、筆を執る人が万年筆を解しなければ
    済まない時期が来るのはもう遠い事ではなからうと思ふ。
    ペリカン丈の経験で万年筆は駄目だといふ僕が
    人から笑はれるのも間もない事とすれば、
    僕も笑はれない為に、少しは外の万年筆も試してみる必要があるだらう。」
    とも書いています。
    手書きの機会が減った今、
    その貴重な時間をより良く楽しむためのアイテムとして、
    万年筆を選択してみては如何でしょうか。

    テーマ:漱石について    
  • 漱石山房記念館5周年記念グッズを制作中です

    令和4年9月24日(土)、漱石山房記念館は平成29年の開館から5周年を迎えます。
    当館ではこれを記念したさまざまなイベントを企画しており、
    ミュージアムショップでは5周年記念グッズを鋭意制作中です。

    漱石山房記念館には夏目漱石の初版本が所蔵されています。
    版画家・装丁家・装飾美術家の橋口五葉や、画家の津田青楓による美しい装丁からは、
    漱石の本づくりに対するこだわりが感じられます。
    漱石自身も『こころ』や『硝子戸の中』の装丁をしています。

    この初版本のデザインをミュージアムグッズに活用できないか?と考えて、
    今回は文庫本サイズの布製ブックカバーを制作することにしました。
    どの作品のデザインにするか検討を重ねた結果、
    ちょうど令和4年9月に刊行から110年を迎える『彼岸過迄』と、
    早稲田や神楽坂など新宿区内の風景が多く描かれている『硝子戸の中』の
    2種類に決定しました。

    綿100%の帆布に初版本の図柄をアレンジしているのですが、
    できるだけ初版本に近い色味を布地に再現するのは調整が難しく、
    何度も試行錯誤をしながら作業をすすめています。

    9月の中旬くらいから販売開始予定ですので、
    どうぞお楽しみにお待ちください。
    どちらのデザインも限定200点ずつの販売です。
    正式な発売日が決まりましたら、Webサイトでお知らせします。

    テーマ:お知らせ    
  • 漱石山房記念館 壁面緑化について

    漱石山房通りから漱石山房記念館を見ると、
    向かって右手(東側)と左手(西側)に入り口があり、
    そこから漱石公園へ入っていくことができます。
    右手の入り口には漱石の銅像があり、大きな門扉もあるため、
    非常に分かりやすく、皆さんこちらから出入りすることが多いのではないでしょうか。
    しかし、左手からも漱石公園に入ることができます。
    向かって左手の入り口側の漱石山房記念館外壁では、
    つる植物を育てて壁面緑化を行っています。
    一見すると全部同じように思ってしまうかもしれませんが、
    実は2種類のつる植物が混じっています。
    2つのうち、つるがやや細いのが「ハゴロモジャスミン」(写真左側)で、
    太いのが「テイカカズラ」(写真右側)です。
    つるが互いに絡んでいる箇所もありますが、
    地面からたどっていただければ分かりやすいです。


    ハゴロモジャスミンは、「白い花びらが羽衣のように見える」ということが由来です。
    テイカカズラは、「定家葛」と書きますが、
    「定家」というのは、百人一首の撰者として有名な、
    あの藤原定家のことです。
    藤原定家が、後白河天皇の娘である式子内親王に思いを寄せ、
    内親王が亡くなった後もその墓に葛となって絡みついた……という言われから付いた名前とのことです。
    どちらも小さな花をたくさん付けます。
    高い壁が白い斑点で覆われた様子はなかなか壮観です。
    しかし、日当たりのよい建物の上部付近が良く繁茂しており、
    横を通っても人の目の高さでは意外と気づきにくいのです。
    どちらも4~5月が開花時期です。漱石山房記念館を訪れた際は、
    ぜひ漱石公園も見ていただき、お帰りの際に漱石の銅像とは逆側の出入口を通ったら、
    空を見上げていただくと、素晴らしい景色がご覧いただけるかもしれません。

    テーマ:その他    
  • 絵本で読む「草枕」 後編

    漱石山房記念館ミュージアムショップで扱う書籍の中に、
    『絵本 草枕~KUSAMAKURA~』(以下、『絵本 草枕』)という1冊があります。
    《通常展》テーマ展示 夏目漱石「草枕」の世界へ―絵本・絵巻・挿絵にみる「草枕」-
    (会期:令和4年7月7日(木)~10月2日(日))では、この本の原画も展示されます。
    『絵本 草枕』を発行するHalf wayの小須田祐二さんにお話を伺いました。

    前編から続く)
    ―小須田さんは「草枕」の舞台である熊本県玉名市にも足を運んでいらっしゃるそうですね。
    (小須田)最初は2016年2月に、「草枕」を絵本化するプロジェクトを始めるにあたって
    物語の舞台を訪問してみようと思い、「草枕交流館」へ向かいました。
    熊本市からバスで行ったのですが、そこで夏目漱石が旅した道が「草枕の道」として現在も歩けることを知り、
    それなら歩いてみようと思って2時間くらいかけて歩きました。
    峠を越えると、目の前に有明海が広がって、海の先にそびえる雲仙岳が見えました。
    小天温泉の方へ峠を下る途中には一面の蜜柑畑があり、漱石が滞在した「前田家別邸」に続きます。
    「草枕」の舞台になった美しい風景を体感して「漱石にとっても桃源郷みたいな場所だったのかな」と思いました。
    それ以来、玉名市を何度も訪問し、「前田家別邸」に隣接する旅館「那古井館」にも宿泊するなど、親しんでいます。

    小天温泉の蜜柑畑から雲仙岳を臨む
    (撮影:小須田祐二)

    ―『絵本 草枕』は電子書籍にもなっていますが、そのBGMも「草枕の道」にゆかりがあるそうですね。
    (小須田)『絵本 草枕』の電子書籍は現在、アプリから無料でご覧いただけます。
    ※電子書籍の詳細はこちらをクリック
    語りは熊本出身で元アナウンサーのKINUKOさん、
    音楽はNHK「ラジオ深夜便」にも出演する音楽家の守時タツミさんです。
    守時さんの音楽には小鳥の声や雨の音が入っていますが、
    それらは守時さんが「草枕の道」を実際に歩いて収録した音です。

    「草枕の道」峠の茶屋にて 小須田祐二さん

    ―最後に、7月7日からの「夏目漱石「草枕」の世界へ―絵本・絵巻・挿絵にみる「草枕」―」展に向けて、
    小須田さんからメッセージをいただければと思います。
    (小須田)私の手元にある新潮文庫の『草枕』は、本文が約170ページに対して、注釈が約30ページもついています。
    それだけ「草枕」には漱石の教養・知的背景が詰まっている、深みのある作品だということなのではないでしょうか。
    現代の私たちが読むには少しハードルの高い気もする「草枕」ですが、
    今回の展示は親しみやすいものになるのではと期待しています。
    また、漱石作品で「坊っちゃん」の舞台が「愛媛・松山の道後温泉」というのはよく知られていますが、
    それに比べて「草枕」の舞台が「熊本・玉名の小天温泉」というのはピンとこない方が多いような気がします。
    今回の展示を通して「草枕」の舞台についても知っていただければ嬉しいです。

    テーマ:漱石について    
  • 絵本で読む「草枕」 前編

    漱石山房記念館ミュージアムショップで扱う書籍の中に、
    『絵本 草枕~KUSAMAKURA~』(以下、『絵本 草枕』)という1冊があります。
    《通常展》テーマ展示 夏目漱石「草枕」の世界へ―絵本・絵巻・挿絵にみる「草枕」-
    (会期:令和4年7月7日(木)~10月2日(日))では、この本の原画も展示されます。
    『絵本 草枕』を発行するHalf wayの小須田祐二さんにお話を伺いました。

    『絵本 草枕~KUSAMAKURA~』
    原作:夏目漱石 脚色:結城志帆 画:いとう良一
    発行:小須田祐二(「草枕」絵本化プロジェクト)

    ―『絵本 草枕』を出版しようと思ったのは、どのようなきっかけですか?
    (小須田)若い頃から漱石の「草枕」が好きで、いつもお風呂に入りながら文庫本を何度も読み返していました。
    「草枕」の中で、画工が書物を読んでいると那美さんが「御勉強ですか」と声をかけてくるシーンがあります。
    画工は「勉強じゃありません。只机の上へ、こう開けて、開いた所をいい加減に読んでるんです」と答えますが、
    それと同じように私も適当に開いた部分をパラパラと読んでいました。
    2016年が漱石没後100年、2017年が漱石生誕150年ということで話題になり始めた頃に、
    ふと思いついて「草枕」を初めて最初から最後まで通して読んでみました。
    あらためて読み返すと、特に大きな事件は起きないけれども、ほんわかとした美しい物語だと思いました。
    絵本にしてみたら、この美しさが見えてくるのでは?と思ったのがきっかけです。

    ―『絵本 草枕』は小須田さんの目論見通り、とても美しい本ですね。
    (小須田)画を担当した、いとう良一さんとはある展示会で出会ったのですが、
    作品の優しい雰囲気が気に入りまして、直感的に「草枕」の絵本の画を依頼しようと思いました。
    漱石の原文を活かしながら絵本用のテキストを作成して、それを元にいとう良一さんに画を描いていただきました。

    Ⓒいとう良一

    ―最初はクラウドファンディングを利用して出版されたと伺いました。
    (小須田)2016年11月にクラウドファンディングを開始して、2017年4月に本が出来上がりました。
    最初は500部限定で出版して、クラウドファンディング支援者の皆さまに、
    物語の舞台になった熊本県玉名市や小天(おあま)温泉の特産品と一緒にお渡ししました。
    その後、ご好評をいただいて、玉名市の文化施設「草枕交流館」で販売したり、
    小天温泉の旅館「那古井館」では各部屋に置いてくださるようになりました。
    漱石山房記念館では現在、ミュージアムショップで販売しているほか、
    ブックカフェや図書室で自由に読んでいただくこともできます。
    どうぞお気軽にお手にとっていただければと思います。
    後編へつづく)
    ※引用文の表記は新潮文庫『草枕』(昭和25年初版、平成17年改版)に従いました。

    テーマ:漱石について    
  • お庭のザクロが実ってきました

    漱石山房記念館の前庭には、漱石の作品にちなんだ植物が植えられています。
    初夏の今時期は、ザクロの鮮やかな赤い花が受粉を終えて、
    果実に成長するかわいらしい姿を見ることができます。

    ザクロは、漱石作品『それから』の中で、
    主人公・代助の気分を表す場面に登場します。
    「柘榴(ざくろ)の花は、薔薇よりも派手にかつ重苦しく見えた。
    緑の間にちらりちらりと光って見える位、強い色を出していた。
    従ってこれも代助の今の気分には相応(うつ)らなかった。」

    (夏目漱石『それから』岩波文庫、138頁)
    暗調を帯びた気分の代助に、ザクロの花は、
    「余りに明る過(すぎ)るもの」、堪えがたいものと映ります。
    確かに、ザクロの花は濃い緑の葉の中で、
    小さいながらも力強く明るく咲いているように見えます。
    漱石山房記念館にお越しの際は、ぜひお庭の植物にも注目してみてください。
    小説の世界が広がります。

    テーマ:漱石について    
  • 漱石の長襦袢

    漱石山房記念館では現在、令和4年6月12日(日)までの期間限定で、
    漱石の遺品の「長襦袢」と「硯」を特別公開しています。
    この長襦袢は平成29(2017)年の当館開館にあたって、
    半藤末利子名誉館長から寄贈されたものです。

    漱石の長襦袢


    半藤名誉館長は夏目漱石の門下生で作家の松岡譲と、
    漱石の長女・筆子の四女で、漱石の孫にあたります。
    『夏目家の糠みそ』、『漱石夫人は占い好き』(ともにPHP研究所)、『夏目家の福猫』(新潮社)など、
    夏目家に関するエッセイを多く執筆されており、
    この長襦袢の来歴については、著作『漱石の長襦袢』(文藝春秋)の中に詳しく記されています。
    『漱石の長襦袢』は当館ブックカフェや図書室にも配架されていますので、
    展示をご覧になった後に、ぜひお読みいただければと思います。

    昨年出版された著作『硝子戸のうちそと』(講談社)には、
    「漱石山房記念館」という一章が収録されており、
    当館の「整備検討会」や「完成を祝う会」の事なども記されています。
    また、5月24日放映のテレビ朝日『徹子の部屋』で語られた、
    夏目漱石のエピソードは「一族の周辺」の章に、
    夫の半藤一利さんとのエピソードは「夫を送る」の章に綴られています。
    『硝子戸のうちそと』も当館図書室でお読みいただけるほか、
    ミュージアムショップでも販売しています。

    半藤名誉館長の夏目家に関する著作はどれも、
    漱石の孫ならではの貴重なエピソードが描かれています。
    番組をご覧になってご興味を持たれた方は、お手に取ってみてはいかがでしょうか。

    テーマ:漱石について    
  • 漱石の言葉

    当館の2階通路展示室では、漱石の作品や、門下生・友人に宛てた手紙の中から、
    漱石の言葉をご紹介しています。
    小説の登場人物に託した漱石の想い、門下生や友人に示した漱石の人生観など、
    漱石がのこした言葉をご覧いただけます。

    今回はその中からいくつかご紹介したいと思います。

    僕は常に考えている。「純粋な感情程美しいものはない。美しいもの程強いものはない」と。
    (「彼岸過迄」明治45年)
    熊本より東京は広い。東京より日本は広い。・・・・・日本より頭の中の方が広いでしょう。
    (「三四郎」明治41年)
    智に働けば角が立つ。情に掉させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。                         (「草枕」明治39年)
    余は吾(わが)文を以て百代の後に伝えんと欲するの野心家なり。
    (森田草平あての手紙 明治39年10月22日)
    『定本 漱石全集』(岩波書店)より

    一度は耳にした言葉もあったでしょうか。
    漱石は1867年に生まれ、1916年に生涯を閉じました。
    今から百年以上前の世を生きていた訳ですが、私たちにも共感できる言葉が多く、
    親近感を覚えると同時に、未来を見通していたかのような言葉にどきりとさせられたりもします。
    来館者アンケートでも、この展示が印象深かった、
    漱石の言葉が胸に刺さった等の感想を数多くいただきます。

    また、当館ミュージアムショップで販売している「漱石の言葉 日めくりカレンダー」
    には1日から31日まで毎日一つずつの漱石の言葉が入っています。
    今回ご紹介した以外にもたくさんの言葉に巡り合うことができます。
    ぜひ漱石山房記念館で、「漱石の言葉」に出会い、気に入った言葉を胸にお持ち帰りください。
    商品の詳細はミュージアムショップのページをご覧ください。

    テーマ:漱石について    
  • テーマ展示「漱石のミチクサー『道草』草稿を中心にー」みどころ 後編

    展覧会の見どころ・後編は、「第2章 草稿を読む」のコーナーをご紹介します。
    ここからは朝日新聞に掲載された文章と、
    当館所蔵の「草稿」の文章を比較して見ていきます。
    展示するのは、健三・御住(おすみ)夫婦の関係にかかわる新聞掲載回第19回、第23回、
    姉の夫・比田にかかわる第27回、28回、兄・長太郎にかかわる第36回、37回などの草稿です。

    書き直しの跡がよくわかる第27回の部分を見てみますと、
    冒頭の部分が数行書いては5回も原稿用紙を変えて書き換えられて、
    はじめに原稿1枚目に書かれていた比田と兄・長太郎の会話の部分は、
    定稿(新聞社に入稿された完成原稿)では2枚目のはじめに移り、
    1枚目に比田の軽薄さがわかる文章がまとめられたことがわかります。
    道草の草稿は、読みやすく文字におこした翻刻が岩波書店の
    『定本 漱石全集 第26巻』に掲載されているので、
    現存する草稿すべてを読むことができるのですが、
    原稿用紙の上のインクの染みや英語の書き込みは、
    実物にあたらないとわかりません。
    草稿を読んでいくと、
    枚数を重ねるごとに研ぎ澄まされていく文章はスリリングでワクワクします。
    書き渋った箇所には漱石のこころの揺れを感じ、
    文豪・漱石を身近に感じられます。
    展覧会は7月3日(日)までです。
    大正4(1915)年に『道草』の草稿が書かれた地に建つ、
    漱石山房記念館の展示会場で、漱石の息吹を感じてください。
    皆様のご来館をお待ちしております。

    テーマ:漱石について    
  • テーマ展示「漱石のミチクサー『道草』草稿を中心にー」みどころ 前編

    当館所蔵品の目玉である『道草』草稿をテーマにした展覧会
    (会期:令和4年4月14日(木)~7月3日(日))が開幕しました!
    まずはじめに、「草稿」とは、新聞社に入稿されずに書き潰しとなった原稿です。
    漱石の推敲過程を知る上で貴重な資料です。
    大正4(1915)年に書かれた『道草』の草稿は、
    全国の図書館や文学館などに分かれて、現在245枚の現存が確認されています。
    当館は朝日新聞全102回の連載のうちの12回分、70枚弱を所蔵しています。
    今回はできるだけ多くの草稿を皆さんにごらんいただきたく、
    狭い会場ではありますが、53枚の草稿を展示しています。
    直筆の資料を保護するために、前期(5月22日まで)・後期(5月24日から)で
    実物と複製(レプリカ)を展示替えし、
    会期を通じて直筆の草稿53枚をご覧いただけます。
    展示会場は2章で構成しています。
    「第1章 あらすじと登場人物」では
    「道草」が漱石の実体験に基づいた小説であることを確認するため、
    漱石の家系図に道草登場人物をなぞらえたパネルを展示しています。

    道草の主人公・健三は、兄や、姉の夫の比田と協力して、
    金銭を要求してくる離縁した養父・島田との交際を断つことに成功します。
    これと似たことは、実際に漱石の身の上にもおこっています。
    物語の中の兄の若い妻の話などが実体験に基づいていることは、
    このパネルの漱石の家族の年齢をご覧いただくとよくわかるかと思います。
    このコーナーには作品のモデルとなった
    漱石の生家への復籍に係わる書類の写真も展示しています。
    『道草』は家族の「片付かない」物語でもありますが、
    漱石の生い立ちや複雑な家系図は、その物語を読み解くヒントになるでしょう。
    (「テーマ展示「漱石のミチクサー『道草』草稿を中心にー」みどころ 後編」へ続く)

    テーマ:漱石について    
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